7月7日 読売新聞 編集手帳

 鉄筋コンクリートの橋は丈夫だが、木の橋には木の橋で、いいところがあるらしい。文芸春秋の元編集者で随筆家の故・車谷弘さんが「銀座の柳」(中公文庫)に書いている
 子供の頃から何度も洪水を経験した車谷さんによれば、木の橋の良さはすぐ流されることだという。頑丈な橋は木材などの流出物をせきとめてしまい、いずれは怒涛となってあふれ出る。木の橋は被害を小さくとどめる昔の人の知恵であった、と
 工学音痴の身に車谷説の当否を語る資格はないが、人の心に架かる橋ならばその通りだろう。奈良県桜井市の駅ホームで起きた事件はやりきれない
 男子高校生が同級生の男子生徒に刺されて死亡した。昨年秋に仲たがいしたという。理由が何にせよ、頑丈な橋でせきとめ、溜め、怒涛を爆発させなくては晴らせないほどの恨み、憎しみが高校生同士の交友にあろうとは思えない。加害者生徒の心に、流れやすい橋があったなら
 きょうは七夕、織姫と彦星を隔てる天の川よりも、橋を架けるのが難しい川が地上にはある。人の心と心を隔てる川に「木の橋」を―胸の短冊に書いてみる。