7月1日 読売新聞 編集手帳

 昭和の20〜30年代にかけて「ヒゲの伊之助」として親しまれた大相撲の立行司、第19代式守伊之助には、勝ち名乗りをあげようとして力士の名前を忘れ、「お前さァん」と呼んだ逸話が残っている
 さすがの伊之助さんでも、この四股名は忘れないだろう。今月12日に初日を迎える名古屋場所の三段目西3枚目、吉野改め<右肩上がり>(21歳、大嶽部屋)、「みぎかたあがり」と読む
 棒グラフや折れ線グラフが右に向かって伸びていく様子から、景気や業績を語って「右肩上がりの成長」などと用いられる。報知新聞の記事によれば、番付も景気も右肩上がりに、との願いをこめて師匠の大嶽親方(元関脇・貴闘力)が考えたという
 明治の昔にも珍名さんがいて、<新刑法源七=三段目><自動車早太郎=序二段>のように、時代、世相を映した四股名が伝わっている。<右肩上がり>も未曾有の経済危機に襲われなければ生まれなかった名前だろう
 勝ち名乗りを一つあげるたび、世の中の照度計が目盛り一つぶん明るさを増す―と信じれば、言葉に霊魂が宿る「言霊の幸わう国」に似合いの四股名ではある。